19「この日が来ることは分かっていた」


コートニーとリュミナスが地下に降りると、もうそこはいつでも術の発動が可能な状態になっていた。
「本当に、いいの……?」
心配そうに聞くオリヴィアは、優しさから来るのだろう言葉を言っているはずなのに、今のコートニーには決意を揺らがせるものにしか聞こえず。
「大丈夫だから。いいの。アタシがそうと、言ってるのだもの。もっと信用して欲しいわ」
笑う。笑った、つもりだった。
「コニー……」
背中に感じる、リュミナスの体温。
「大丈夫だってば。リュミが守ってくれるんでしょう? アタシ、何も怖くないわ」
嘘だと、自分も、周りの皆も思うけれど、ただ1人、他人事のように飄々とした顔で居座る褐色の少年は「そうだね」と笑顔で応える。
「言葉は何より大事だよ、姫。思い、信じて言葉にすることが大事だよ」
セラティヤの言葉に勇気付けられたわけでもないけれど、コートニーはリュミナスの手から離れ、メルメの元へ。
「何を、すればいいの?」
「……ただお前は、そこに居ればいい。そこに立ち、オレの後に続いて言葉を」
「わかったわ」
メルメの指した先にあったのはコートニー1人分の赤い星の形の【陣】。それを中心に据え、今までに彼女が見たことがないほどに複雑な紋様が地面から壁、天井にまで広がっていた。
「犬のが位置についたらお前たちも定位置につけ」
その言葉に周りを見回すと、同じように人1人分程の円や三角、四角など様々な色や形をした小さな【陣】が他に5つ。
(5つ…?)
一番側にあったのは茶色の星形の【陣】。
「ここには、誰が?」
そう尋ねると、視界の端で笑顔のまま手を上げるセラティヤ。
「何で、あなたまで」
「僕がー姫の側に居ることがー大事なーのよう。でしょう?」
「不本意ながら、な。いいから位置につけ」
メルメの言葉に、その場にいる全ての人物が定位置についた。
中央にコートニー。その傍らにセラティヤ。少し離れた東西南北それぞれの壁際、順にリュミナス、オリヴィア、エルゼリオ、メルメ。
「蛇。犬のを頼んだぞ」
「えーとできる限りーは頑張るー」
そう言われたセラティヤは、頼りない笑顔でメルメに応え、術師達の詠唱が始まると、コートニーに向かい合う形で姿勢を正す。
耳にまとわり付く聞き慣れない言葉達は、コートニーの身体全てを縛り付けているように、重い。
天井が暗い。まるで夜の闇のように。
星の輝きが失せた星空のように。
(あれ)
天井に一点、薄く小さな光が見える。
(あれは)
見覚えがある。それほど遠くないさっき。
「覚えているだろうか。君は」
気が付くと呪文は遠く、耳に入らず。
入ってきたのは目の前の少年の声。
「つい先程の話だけれど。あれが君の星だと僕は言ったよ」
サチュラ。凶星の象徴とも言われる暗い星。
「代々星の森のオンナノコに宿る星の心。その中でも特に美しい輝きと性質を持った星の心の持ち主は、星の姫となる」
何を言っているのだろう。目の前の少年は、一体自分に何を語ろうとしているのだろう。
「久しぶりに、僕がエスコートできる姫が現れたと思ったんだけど、残念だ」
どろり、と足元が不安定になる。
たぷり、たぷんと沈む感覚。
「反動が、来たね」
僕だけではサチュラの力を使う術式の【媒体】として不足だったのだと耳に聞こえない自嘲の声。
「この日が来ることは分かっていた」
もう、身体の半分が沈んでしまっていた。
「僕はウィルではないけれど、この運命だけは知っていた。サチュラは嘆いていたよ、この時が来るのを恐れて」
手を伸ばしても伸ばしても、少年の手は伸ばされることはなく。
「それならせめて、僕の手でと思ったけれど……もう、無理だね。聞こえて、いるかい?」
(助けて……!)
声は出せない。もう、頭の先まで沈んでしまった。
伸ばす手を、掴むものはない。
「おやすみ、姫。ディディスに、ヨロシク」
ついこの間にも思える程度の昔、リュミナスに教えられた死を司る神の名を告げられて、ようやくコートニーは思い至った。
(アタシ、死んでしまうのね)

1つの、終焉。
この時サチュラの輝きが、一瞬だけれども消えたのだと、後に人々は語り継ぐ。