18「必ずその手を掴むから」


メルメの言葉を聞いて、皆が押し黙っていた理由がようやくコートニーにもわかった。
「アタシが、実験体になるのね」
こくり、といつになく神妙な顔で頷くメルメ。
「そもそも術の組み立てがこれほど早く済んだことを怪しむべきだった」
悪い事の裏には良い事がある。そう閉じこもっていた一ヶ月の間にメルメが語った言葉。
裏を返せば逆の意もあるということ。
「本来なら新たな術式を組み立てるのに1日足らずでできるなんてありえるわけがない。エロヒィムの力を借りたとしてもありえていいはずがないというのに」
『いいえ、わたくしの力だけでなくメルメ様やオリヴィア様の知識の深さ、リュミナス様の視点の広さ、そしてエルゼリオ様の計算の速さが合わさっての奇跡ですわ』
「そう、奇跡なんだ。奇跡はけれどそこで終わりだ」
いや、ある意味では奇跡は続いているとも言えるがと自嘲気味に吐き捨てると次の言葉をオリヴィアに託した。
「…あと3日よ。あと3日で発動条件が無効になる。その後条件が揃うのはどんなに早くても113年後。星の動きに頼った魔術なんて結局そんなもの…!」
ぎり、と綺麗に整った爪を噛む。
エルゼリオがその肩を抱き、リュミナスは深く俯いたままコートニーの方を見ようともしない。
ただ1つ、コートニーを真っ直ぐ見つめる視線は背後から。
「どうするのかい、星の姫」
「……セラティヤさん……」
興味深そうにじっと見つめる瞳は強く、コートニーは吸い込まれるのではないだろうかと不安になる。
けれどそんな不安も吹き飛ばすようにセラティヤの笑顔は楽しそうで。
「もちろん、やるわ。だって、これを逃したら次はいつ戻れるかわからないんだもの」
きっぱりと言った声。そして振り向いて、メルメを真っ直ぐに見つめてもう一度、言う。
「お願い、メルメさん。実験でもなんでもいい。可能性がゼロじゃないなら、お願い。その術を使って。アタシ、何でもやるから」
その言葉に、メルメの後ろ、リュミナスがより一層深く俯いたその表情を見つめていたのは、一番遠くにいた少年ただ1人、だった。

再び術式の立ち上げに追われる4人と精霊。
準備段階では足手まといどころか力になることすら出来ないコートニーは、塔の屋上へ。セラティヤも、一緒に。
「どうしてセラティヤさんまで来るんですか」
「えーだって僕ってば1人でいる方があやしーと思うしーああ勿論何もしないからー安心してねん」
「…信用ならないんですけど」
「あっは、切ないこと言わないでよー」
不毛な会話。そうは思うが誰も話し相手が居ないよりも遙かにマシだとも思う。
「ねえセラティヤさん」
「なーにかな、星の姫」
静寂は、一瞬。
「あなたは、未来が、見える?」
視線はけれど交差せず。
「僕はーウィルじゃないからねえわっかんないやあ」
「ウィル?」
「あれ、知らない? 【運命の女神】ウィラベル。彼女が歌う運命は絶対。ある意味でのこの世界の支配者」
コートニーは、知らない、と首を横に振る。けれど全てを見透かしたかのようなセラティヤの瞳は未来すら理解しているように見える。
「でー?」
「……で、とは」
「未来が見えたら、君は何を尋ねるつもりだったのかなーっと思って」
セラティヤの問いにコートニーは答えられなかった。
(何を聞くつもりだったのかしら)
こうと答えるべき言葉は、持っていなかった。
黙り込むコートニーを少しの間見つめ、セラティヤはふ、と笑うように息を吐き、そして言葉をこぼす。
「さ、そろそろ準備が出来るんじゃないかなー?」
背中を伸ばし、立ち上がる。
「え?」と聞き返すと同時に階段からリュミナスの姿が現れた。
「コニー……こっちは…準備ができたよ」
その言葉はひどく悲しげで、声を聞いただけでコートニーは涙が零れ落ちるかと思った。
2人の間に流れる気まずい空気。
それを察したのか察していないのか。セラティヤは「あーあ」と軽い声を漏らす。
「僕ー、ちょっと冷えたからー先に中戻ってるーねん。2人はー、ちょっと話し合った方がいーんじゃない? ね」
気を利かせたのかどうなのか。そうと思わせない彼の言葉はけれど肩の力を抜かせるのには丁度良く。
人影が1つ階段から降りると、コートニーとリュミナスの2人だけに。
会話の口火を切ったのはコートニーからだった。
「……ねぇ、魔術が失敗したら、どう、なるの?」
視線を合わせたのはリュミナスの方から。
「どう上手くいこうとも失敗すれば死んでしまう。…少なくとも、今回の術は」
それほど強力なのだと言外に呟く。
コートニーはその呟きを真っ直ぐに受け止め、けれど全く違う話題を切り出す。
「ね、例えばさ、アタシがいなくなったら、リュミはどう思う?」
求める答えは1つだけなのに。尋ねる自分が卑怯だと心の内で己を叱咤する。
「そりゃ寂しいよ。嫌だな。離さないよ。いなくなんかさせない」
優しい声が夜の中2人の間だけで響く。
「……でも、どうしても、どうしてもいなくならないといけないと、したら…?」
どうしてそんなことを、と聞かれたような気がした。
けれど実際に耳に流れてきた言葉は違って。
「何処までも追いかけるよ。何処までも、世界の果てまでだって追いかける。追いかけてそれで」
それで。
2人の間が狭まる。
リュミナスの広い手がコートニーの顔の輪郭をなぞる。
「必ずその手を掴むから」
逃がさないために。
唇が、動く。
瞳が、交差して。
けれど2人は微笑みを交わすのみ。
「さあ行こうか」
促したのはリュミナス。頷いたのは、コートニー。
「俺が、君を死なせたりしないから」
手を、繋いで。力強く。
コートニーは涙を流さぬよう、強く強く、目を、瞑った。

運命の歯車がまた1つ、作られ。
また1つ、動き出す。