17「似合わないよ、そんな顔」


「是非ともお前の力が必要なのだよ、エロヒィム。その精霊においても類稀な知識をオレに貸してはくれまいか」
突然呼ばれたにもかかわらず幼い少女はこくりと頷きコートニーを一瞥する。
『……貴女が、わたくしを、呼んだのですね』
「え? アタシ?」
きょとん、と目を丸くしてエロヒィムを見つめ返すが、少女はすぐにメルメに視線を戻して硬質な声を紡ぐ。
『で、何をすればよろしいのでしょうか』

その後、降りてきたオリヴィアとエルゼリオも混ざり、魔術師4人と精霊とでそのまま地下室で新たな術式を一から組み立てるという一大作業が開始された。
相変わらず蚊帳の外のコートニーだったけれどエロヒィム召喚の【陣】を1人で消すのは大仕事だったし、時たま気を利かせてリュミナスが側に来て進展を聞かせてくれたので以前ほど疎外感は感じなかった。
それでも【陣】を全て消し終えてもまだ当然の如く話はまとまらない。
「ねえ、いつまでも、ずっと、ここにいるの? もう夜になるよ?」
コートニーの言葉も届かない。
(集中力、すっごいなぁ)
ずっとこの寒く冷たい地下室に居るのもどうかと思ったけれど、邪魔をしてはいけないとコートニーは1人階段を昇り始める。
誰一人振り向かない。
少し寂しくも思ったが、自分のためにしていることなのだと理解はある。
「……でも、やっぱり、……なんだかなあって。なるわよぅ」
呟いた言葉に。
「だあったらー僕が慰めてあげるよー?」
聞き覚えのある能天気な声。
地上に立ち、星空の下。涼しい風が吹いて目の前に立つ少年の腰から垂れる布が揺れる。
「えー、と、セラティヤ、さん…よ、ね?」
「さん付けいらないってばー。姫ってばもー冷たあいのねん」
あは、と笑うその顔は相変わらず人のいい無邪気な、けれど読めない表情で。
西の塔は他の建物と少し離れた位置にあるために灯りが薄い。
暗がりの中立つ褐色の肌の少年の瞳は、星のような光を湛えている。
「どうして、ここに?」
「姫に呼ばれて」
「ひめ、て……」
「君のことだよ」
「アタシ、あなたを呼んだ覚えなんてないわ」
「覚えはなくとも、僕は呼ばれたのだよ。星の姫」
星の光を持つのはあなたの方じゃないのと言葉を紡ごうにも、空の寒さが口を塞ぐ。
闇の中、輝きは弱くとも一番その存在が己を訴えかけている、そうコートニーに思わせる星を指差して、セラティヤは言う。
「アレが君の星だよ。姫。彼は何も君に伝えなかったのだろうか。サチュラの代の星の姫」
その笑顔は相変わらずなのに、瞳は深く、蛇の視線。
「……わからないわ、アタシ。あなたが何をいっているのか」
一歩、退がる。
怖い。
(何が?)
そんなコートニーの心を見透かしたように少年はふ、と笑う。
「似合わないよ、そんな顔」
「……なに、を……」
「僕が怖いんじゃないよね。君は君を取り巻く運命のスケールの大きさに恐怖を覚えているだけだよ」
その言葉への反応を考える間もなく、階段の下から声が聞こえた。
コートニーの名を呼ぶ声。
「リュミ……っ」
縋るように振り返り、階段を駆け降りる。
「おーおー。愛の力ってやつですかあ。うーん、悔しいかもー」
けらり、と笑って、その後を追う。
招かれざる客と自分で自覚はしているけれど、この後の運命に関わらないわけにはいかないとも知っているから。

その後。
精霊の力を借りたとはいえありえないほどに手早く組み立てられた魔法はけれど、1つ、問題があって。
その問題がこの後の命運を分かつと運命の女神は、歌う。