20「運命とは諦める為のいい訳だ」


しん、と静まり返った部屋の中。
最初に声を出したのは、リュミナスだった。
「どうして」
誰に聞いたわけでもなく、その呟きは空気の中へ溶けていった。
「やはり奇跡は奇跡だったか」
何が足りぬか、違ったかと組み立てた術を【陣】の構成から暗唱を返すメルメ。
「足りなかったのは【媒体】のチカラだよ、メルメ」
振り返ったセラティヤは、肩の荷が降りたとでも言いたげな表情をしていた。
「そしてこれが、運命だったのだよ、人間種。ウィルもが歌った、運命さ」
運命の女神の名を出されて。それでも納得のいかないのが人間だと小さな声が、彼の耳に届く。
「君は、運命の女神を嫌うクチかな、えーと。リュミナス?」
「別にウィラベルを信仰していないわけでも嫌悪しているわけでもないけれど、俺はそんな簡単に運命だの一言で済まされるのは好きじゃない」
ぎり、と歯を食いしばるその顔は、今にも倒れそうな戦場の戦士の顔に似て。
(苦しみ……?)
その感情が安易に読み取れた。
「運命とは諦める為のいい訳だ」
強い、感情。
眩い、瞳。
「やだなあもう。眩しすぎて僕困っちゃうーわあ」
おどけて言うけれど、つと額に流れる汗は嘘をつけない。
「だけど死んだ人間を、生物を蘇らせる術なんて存在しない。そんな研究すら禁忌なのよ……!?」
オリヴィアの言葉に、リュミナスはますます強く苦しみの表情を顕にする。
「だけど……!」
崩れ落ち、コートニーの動かない身体に触れる。
体温は、ない。
「……コニー……っ」
抱きしめる、その身体はやはり冷たく。
2人を見つめる視線はどれにも涙の色が滲み出ていて。
ただし2人分の視線だけは別。
「ヒトとは、難しいものなのだね、メルメ」
セラティヤと
「……メルー?」
メルメ。
「そうか、アレが……!」
「どしたのさ、メルー?」
セラティヤの言葉を聞かず、メルメはリュミナスに駆け寄る。
「お前、マントの下に短剣を持ってたよな沢山」
「……それが、何?」
突拍子のない質問に対して怪訝そうな顔をして彼を見つめ返すリュミナス。
「もう一度見せろ。もしかしたらいけるかもしれない」
「いける……って」
「コートニーを助けるのだろう!」
その言葉に、弾かれたように装備していた武器を全て解いてメルメの前に並べる。
片手には、コートニーを抱いたまま。
「……器用なものだ」
唇の端だけを上げて笑うメルメ。余裕が出来たのだと誰の目にも明らかだった。
そして並べられた内の1つ、黄金に琥珀の装飾がされた短剣を手に取り、すらり、と鞘から抜き出す。
「……そうか、エウハ……」
呟きは、セラティヤの口から。
「その短剣が、何? どう、コートニーを助けられるの?」
「わからぬか、獅子の乙女。それともこれを、セフィロスシリーズナンバ6、と言わねばならぬか」
「……【ティファレト】」
「生命の美を湛える、それはまさに生命の精霊エウハの力を閉じ込めたモノ。すごいねえ伝説の名器が一度に2つも揃うだなんて」
いつもの笑顔は崩さずに、手を叩くのはセラティヤ。
「ええいもうこうなったら律など構ってられぬ。所詮オレは現世に身体を持たぬものよ。銀の。お前のフルネームの力を貰うぞ」
「わあ開き直ったって言うかちょっとそれ勘弁して欲しいんだけどねえ折角宵闇の女王の時にも隠し通してきたのに」
「五月蝿い。獅子の乙女はそれくらいでお前を殺そうなんて思わんだろ。思われたら思われたで獅子のはその程度の人間だってことだ。別れろ」
勝手なことを言うなあとブツブツ言いながらオリヴィアの横顔を覗き見る。
けれどすぐに彼女は振り返り、ふ、と笑顔になる。
「今更貴方が何者でも構わないわよ。そんなことよりコートニーを助けたいわ。私からもお願いよ、エル。今必要なのは、貴方の力なのでしょう」
手を取って。その指に口付ける。
「……ヴィア……」
わかったと頷いて、手は握ったままメルメを見つめる。
「それで、何を」
「今からオレ達を北の塔の最上階へ。ついでに獅子の宝石を一通り出来る限り。銅で出来た暗い赤の絵の具を呼び出せ」
「かなりの重労働、だね」
「人一人生き返らせるためにそれくらいなら簡単なものだと思え」
仕方がない、と溜息をついてオリヴィアから優しく離れる。
「リュミ、大丈夫だよ。メルメだけじゃない、僕もついてるから」
そう、笑いかけて。つと目を閉じる。
「我が名はエルゼリオ・フランチェスカ。精霊女王の血を引き、加護を持つ子供。世界の創始よりの父、フランシス・フランチェスカの名をもって世界の狭間より空間を抜けて、我等をここより望む地へ」
静かに、そうエルゼリオが語るのを全て聞いた瞬間、一瞬視界が暗くなり、次に目を開いた時にはその場にいた全ての者が北の塔の屋上にいた。
「さすがフラムの血を引く子。律を曲げるのはあいつに負けず劣らず上手いな」
「律を曲げたわけでなく、律のない力を、使っただけで……」
へたり込んだエルゼリオのその周りにはとりどりの宝石が散らばっていて、小さな小瓶に入った赤の絵の具も置かれていた。
「はは、いやしかし助かった。これでエウハを呼び出せる」
言うが早いが小瓶を手にしてそこへ指を突っ込み、人一人入れるかどうか程度の小さな、けれどひどく複雑な【陣】を描き出す。
「ここまで緻密な【陣】は初めて見るわ……」
「そりゃあね、一般的には出回らなかったものこのタイプのは」
「どうして?」
「メルメにしか描けないからさ」
見れば紋章画家が描くよりも明らかに、動物画家が描くより美しく描かれた獅子の絵を中心に古代魔術語で書かれた文章で円を描き終わったところだった。
「これは……!」
「メルメは絵だけでそれを【陣】と【媒体】にすることが出来るのだけれどその線の1本1本までが計算された絵なのだもの他のヒトには出来ないものね」
「黙れ蛇。エウハを呼ぶぞ」
【陣】の中に宝石を散りばめさせ、最後に獅子の絵の上に短剣を置いた後、メルメはけれどただ一言だけ。
「ティティルード」
すぐに反応は静かに起こった。
金の光が短剣に触れたメルメの身体を纏う。
「コートニー」
右の手で、コートニーを指す。
その指とコートニーの間に光のラインが描かれる。
「さぁ、目を開けるのだ。コートニー・A・K・サンシャインズ」
メルメの声が、星々を震わせる。
小さな光の隙間をぬって、暗い星の光を目覚めさせる。
「サチュラの、姫」
柔らかい微笑みは、まるで
「……ジアのような笑顔をしないでくれないかな、メルー」
セラティヤの悲しげな呟きは、けれど誰の耳にも届かず。
誰もが金の光に包まれた少女を見つめていた。
「……コ、ニー……?」
抱きしめていた身体は徐々に人間の体温を取り戻す。
「こんなことが、あるなんて」
「あってもいいと思うな。こんな奇跡、たまになら。だって」
オリヴィアの、細い腕を自分のそれに絡めて、寄り添う。
「御伽話はめでたしめでたし、じゃないと悲しいじゃないか」
金と銀に光る瞳が見据える目の前、それまで動く気配のなかったコートニーが不思議そうな顔で自分の手足が動くのを見つめ、そして、自分を抱きしめるリュミナスの頬に手を伸ばす。
「どうして、泣いて、いるの?」
小さく首を傾げて尋ねる様子は、いつもの彼女で。
「……必然と、奇跡の力をこの目でみてしまったからだよ、コニー」
大事に、大事に、抱きしめた。

そうして御伽話の締めくくりは
めでたしめでたし、で綴られる。
彼らの歴史は、まだ続くのだけれども。