15「君が答えなくても構わないんだ」


「ねぇ、リュミ。起きてる?」
星々すらも眠りにつくような深夜。小さな村の、小さな宿。小さな人影が1つ、小さな声でそっと部屋の扉を開ける。
「ん、コニー……?」
既にベッドの中で眠りについていたリュミナスは、突然隣の部屋から暗闇の中やってきた少女に驚く。
「どうしたのこんな夜中に。ちゃんと寝とかないと明日はまた歩いて移動なんだから疲れてバテるよ?」
それとも負ぶって欲しいのとからかうように言うと、暗闇の向こう、扉から離れようとしない少女の犬となった耳がぴくりと動いた。暗闇でもわかる、気配。
「だ、だいじょぶ、だもん! アタシだって、体力ないわけじゃないしっ」
それでも歴然の体力差は身に沁みてわかっているから言葉が続かない。
くそぅ、と心の中で毒づいて、けれどそうっとベッドへと近付く。
コートニーがやってくる気配を感じ取り、リュミナスは溜息を1つ、後、ベッドから降りて備えられたテーブルの上のランプに小さく明かりを灯す。
「それで、どうしたの」
少女にはそれまで自分の寝ていたベッドを整え開け、自分は木製の小さなチェアに腰掛ける。
隙間風が、窓から吹き込み少し、寒い。
ふわりとベッドに腰掛けたコートニーはその風の冷たさに少し身震いをした後、まだぬくもりの残る布団をリュミナスに押し付ける。
「寒い、でしょ」
「コニーの方が寒いだろう。女の子が身体を冷やしちゃ良くないのだし」
押し付けられた布団を被し返そうとするリュミナスの手を止めて、「大丈夫だから」とシーツを引っ張りその中に包まる。
「まだ、暖かい」
ふふ、と照れたように笑う少女。その笑顔は、ひどく愛しくて。
(ああもう我慢我慢……)
脳の中、熱が生まれる。鼓動も、早く。
目を瞑り、何やら思案するリュミナスを全く意に介さず、という態でコートニーはそうだと話をようやく始めた。
「もし、これで、アタシが元に戻ったら、みんなどうするのかなぁって思ったの」
「どうって」
「だってほら、メルメさんって魂の存在でしょう? こういうのって、御伽話だと役割を終えた精霊は帰っていくーとか、よく聞くし」
魂と精霊を同格かと目の前の少女の無知と無垢な想像力に微笑が零れる。
「オリヴィアも、また魔術の研究を続けるでしょうし、エルゼリオさんもオリヴィアのお手伝いをずぅっとすると思うし」
「じゃあ、俺はどうすると思う?」
笑って聞くと、「そう、そこなのよ」と真っ直ぐにこちらを見る瞳とぶつかった。
「リュミってそういえば今まで何してたのか、よく考えたらイマイチ聞いてないし、わからないし。全然予想もつかなくって」
考えていたら眠れなくなって来てしまったのだと一生懸命にコートニーは言う。
そんな彼女をやっぱり笑って見つめ返すリュミナスは、少し考えて言葉を返した。
「それじゃあコニー、君は戻ったらどうするのかな」
「アタシ?」
「うん」
少し意地悪だったかな、とけれど面白がる色を隠さない瞳で見つめていると、コートニーはうんうんと悩み始めた。
「うーん、考えてなかったかも。そうかぁ。そういえば森も追い出されたし、帰るとこも、行くとこもないなぁ。どうしよう」
いつまでたっても答えの出ないコートニーに、リュミナスはもう1つ、意地悪な言葉を返してみた。
意地悪な、けれど、本気の言葉を。
「それじゃあずっと俺と一緒にいればいい」
「ずっと?」
「ああ、ずっと。一生。死が2人を別つまで」
それは、コートニーでも知っていた、愛を違えぬ2人を結ぶ誓いの言葉。
「…………ッ!!!?!?!?!???!!!」
真っ赤になって、耳も尻尾もぴんと立ったまま、動けなくなった少女。
リュミナスは堪えることもなく大きく笑っていたが、すぐに優しい瞳で見つめ、その髪を撫でて呟く。
「今はまだ冗談だけれどもこれは俺の本当の気持ちだよ」
「そ、んなこと、言われても…っ」
「うん、わかってる。ゴメンゴメン」
謝るけれども。
「でも、俺がそう考えていることは忘れないで」
優しい瞳は、真面目で。コートニーも戸惑いの色を隠せないままではいるけれどその瞳を、合わせ。
「君が答えなくても構わないんだ」
ただ
「知っていて欲しかったんだよ。俺が、君をそれくらいに好きだってことを」

翌朝。
自分の部屋で目が覚めたコートニーは、それが夢か現実か。記憶のあやふやなままに宿を発つこととなった。
ロロット・リィゼに戻るまで、あと、半月の出来事だった。