13「だって光はそこにあるのだから」


「すべて、って……何、を…言っているの、あなたは…」
高い位置にあるステンドグラスから差し込む光は赤や黄色、青、そして緑。
陽の光のどれとも違うそれらの色は不自然にコートニーの見開かれた瞳を照らしていて。
「全ては、全てさ。答えるのにこれ以上困る質問はないね」
セラティヤの瞳はその思考を読み取るにはあまりに複雑な光をしていた。
「それはともかくー、僕のことはーいいからー早く探し物探した方がいいと僕ってば思うんだけどなあ?」
しかしにこりと一瞬で崩れた表情は一連の緊張感を全て吹き飛ばしてしまうほど人のいい笑顔。
コートニーも、後ろでその手を握っていたリュミナスも戸惑いを隠せない。
(本当に何者だコイツは)
油断なく相手を睨みつけるが、にこやかな笑顔に調子を崩される。
「まあいいや。あんまり賛成はしたくないけどコイツの言うとおりだよ、コニー。俺たちは探すべきものがあるはずだ」
「……ううん、焦らないでもいいと思うの」
「何だって?」
そんなにコイツが気になるのか、言おうとして、やめた。
(ああもうこれじゃただの嫉妬だ)
分かっていることなのだけれど。
「大丈夫よ、リュミ。心配しなくても。もう分かっているの」
「……コニー、もう少し俺にも分かるように話してくれないかな?」
肩に手を。
同じ高さにした瞳を覗き込んで。
するとコートニーは堂々とした微笑を見せたのだ。
ひどく自慢げなそれは、少年の姿をとったメルメの微笑みに似ていた。
「だって光はそこにあるのだから」
人より一歩先が見えた者の優越感を漂わせた、微笑み。
「……どういうことだい?」
「あれよ、リュミ」
コートニーの小さな手が指し示す祭壇の上。
そこにあるのは少女の像。
「スリィジアの像、…が?」
「ううん、違うわ。ねぇおかしいと思わない? 神様とはいえ、女の子が持つにはあまりに不自然な」
真っ青な大剣。
「そうか、サファイア……」
確か宝石。そうメルメは言っていた。
確かに、宝石だ。その姿はともかく。
「でもこれ取ったら怒られそうだなぁ」
「誰に?」
「スリィジアに。罰食らうかも」
「大丈夫だと思うよう」
答えたのはセラティヤ。
「他の誰でもなく、星の姫のためだものねん」
「あのねー、だから、その、星の姫ってなんなのよ」
「姫は姫だよ。心を持ってる」
「しん?」
全く分からない、と言った風に首をかしげるコートニー。その頭を軽く撫で、「まぁとにかく」と祭壇の上の少女を見上げる。
「怒られたらメルメに何とかしてもらうとしよう。この剣が【ビナー】であることは間違いなさそうだし」
言うと、軽々と祭壇に飛び乗り、柱を支えに少女の手から剣を抜き取る。
「少しお借りしますよ、レディ・スリィジア」
ストン、と軽い音を立てて床に降りる。
「リュミ、すごいのね。かっこよかったわ今の。ちょっと」
「お褒めに預かり光栄」
本当はちょっとどころじゃなく見惚れていたのを悟られまいと視線をずらしながらそう言ったのに、ひょこりと動く耳は正直。尻尾もぱたぱたと音を立てるほど。
「へー姫の犬姿ってばこんな可愛いんだーやっぱ生だよね生」
「あんまり見るな蛇」
「うっわひどいなあ見せてよ生犬耳」
「変態発言が酷いんで殴っていいかってか1回殺させろ」
「わーちょっと姫こいつやめた方がいいってば独占欲強いよヤバイよー」
「セラティヤさんに言われる筋合いはありませんーだ」
「さあさ、行こうねコニー。これ以上ここにいると変態菌がうつる」
「変態言うな!!!」
先ほどまでの緊張感もどこへやら。
目的を達成したらさあこれまでとばかりにセラティヤの叫びも軽くあしらい、2人は教会を後にして、街の雑踏の中へと消えていく。
その後姿を見えなくなっても見つめていたセラティヤは、一瞬その瞳を悲しげな色に染めた後静かに目を閉じ、小さく誰にともなく呟いた。
「それが、悲劇の幕開けなんだよ、姫」
剣を失くした少女の像は、それでも静かに佇んでいた。

悲劇の始まり。
蛇の肌を持つ少年の言葉は、正しくもあり、間違いでもある。
悲劇は今に始まったことではないのだから。