12「いつか知る、その全てを」


ライクッグ。
幾人も存在する神々のどれをも否定せず、様々な教会が居並ぶ不思議な街並み。
中心街への入り口を表す石造りの巨大なアーチから真正面に見える一番奥の大きな教会が主神を祀るオウラルーグ。
その左右に扇状に広がったそれぞれの教会にはやはりそれぞれ様々な神を祀っている。
「ねぇあの建物はなぁに?」
「光の神キュラルが祀られてる教会。その対の位置にある向かいのが闇の神グリウの教会だよ」
「あれは? あれは?」
「……コニー、何しに来たか分かってるの?」
「分かってるわよそこまで馬鹿じゃないわよう」
それでもキョロキョロと落ち着きなく周りを見渡す。
道がレンガで舗装されているので時々躓きそうになるのをリュミナスが支える、というのを何度も繰り返してそれでもコートニーは目新しいそれらから目を離せずにいられない。
「でもなんとなくだし。でも気になるし。ていうかだってこんなとこ初めてで! 神様ってこんなにたくさんいるのね」
「え、神話知らないの?」
「うん、神様は1人だって思ってた。星の神様」
「スリィジア?」
「うん」
そういえば星の森の人間だったなと思い出す。
「よっぽど外界との関わりが絶たれてたんだねぇ」
神話という名の神の系図と行動の記録。
生まれたばかりの子供にも聞かせられる神々の名は知らぬものの方が少ない。
「じゃあそのスリィジアの教会に行ってみる?」
「え、いいの?」
「君が嫌でなければね」
その言葉に、嫌なわけがないとでも言いたげな瞳で応え、「どっち?」とその場所を聞く前に走り出すコートニー。
「落ち着かないねぇ本当に」
くすくす、と笑ってけれどコートニーの走る先を訂正はしない。
(……わかっている、のか…?)
彼女は間違いなくスリィジアを祀る教会、スルーグを真っ直ぐに捉え、向かっていた。
(それとも)
何かがコートニーを導いているのか。
『星の加護がある』
そうメルメは言っていた。星というのはスリィジア自身のことなのか。
「わっかんないなぁもう全然。お手上げだ」
苦笑を漏らしながらコートニーの後を追う。
その後姿は、ひどく小さい、けれどとても強い光を放っているように見えた。

スルーグは居並ぶ教会の中でも比較的小さい造りをしていた。
扉には鉄の装飾。モティーフは鳥。
それはまるで星の神を祀っているというよりも
(特定の星霊を祀っているようじゃないか)
終焉と鎮静の星霊サチュラ。その象徴であるそれらを通り過ぎ、先に中に入ったコートニーを視線だけで探す。
正面にスリィジアを模した少女の像。その足元の祭壇に、目当ての少女はいた。
そして、その隣に
「ここで出会えたのが運命だとは思わないかい、可愛いお嬢さん」
「思いません」
見知らぬ男が1人。
あからさまに機嫌を悪くしてリュミナスは2人の間に割り込む。
「ちょっとちょっと。教会のしかも神像の目の前でナンパする人がありますかっていうか誰ですかアンタ」
コートニーをその背に隠して相手の男を睨みつける。
「なんだあお連れさんいるのかー。残念だわあ」
両手を広げ、降参、とでも言いたげなポーズで一歩離れる。
「でもーそうなると余計ー燃えるのが恋ってもんじゃありませんかねえ、オニーサン」
人の良さそうな表情だったのが、一転。異様なほどに真っ赤な舌が上唇を湿らせる。よく見れば鋭い瞳の光はリュミナスを通り越してコートニーを見つめていた。
ぎゅ、とリュミナスのマントが掴まれる感覚。
「そんなものが恋と呼べるのならね。君の名前は教えてくれないのか」
リュミナスの問いに、男は瞳の色を変えずに一言答える。
「セラティヤ。君達の言うところのファミリネームはないよ。一族の名もない」
よく見れば身体のパーツはどれも人間のそれらよりも長く、褐色の肌には所々白く光る部分がある。
「蛇か……」
「あーああそういうのが差別っていうんだよう。蛇は蛇、獣人は獣人。一緒くたにして呼ばないで頂きたいんだよねえニンゲン」
「蛇は獣というのか」
「うっわもう僕君嫌いだなあそういう厭味ったらしい発言はーいつか身を滅ぼすよう」
なんだか不毛なやりとりになってきた。
「……あの、さ。もう良くない? てか、行こうか?」
半ば呆れたようにそう言うコートニーの言葉に「ああうん」とリュミナスが答え、教会を出て行こうとする。
その背にセラティヤの声がかけられる。
「それでいいのかい、星の姫」
「え……」
振り返るコートニー。
セラティヤの瞳はやはり獲物を狙う蛇の色。
「君は此処に導かれてきたのではないのかい。探し物を見つける気がなくなったのかなそれとも」
セラティヤの言葉は、けれどひどく心に直接飛び込んでくる。
口元だけで笑う彼の言葉は信じなければいけないような気すらする。
「どういう、…こと……?」
「コニー、あんな奴の言う事聞かなくていいよ」
「ねぇ、あなたは何を知っているの?」
リュミナスが止めるのも聞かず、一歩ずつセラティヤに近寄る。
「コニー!」
コートニーの手が強く握られる。
けれどコートニーは振り返らず、セラティヤを見つめたまま。
(くそぅ……)
まるで子供の嫉妬。自分でも自覚はある。
今すべき使命があり、そしてその使命の手助けになるのかもしれない伝達者なのに。相手は。
(カッコ悪いなぁもう)
思うけれど、強く握った手は離せない。
「ねぇ、セラティヤさん。あなたは、何か知っているの?」
「セラティヤ。さん付けなんて他人行儀やめて欲しいかなあ」
「だって他人だもの」
「冷たいなあ今代の姫は」
「はぐらかすのはやめて」
コートニーの瞳は真っ直ぐで。
セラティヤは面白そうに喉の奥でく、と笑って、ほんの少し考えた後でこう答えた。
「僕は全てを持っているよ、姫。君が望むもの全て。そして」
一呼吸。
自分の言葉を理解していない目の前の少女をその視線だけで犯すように見つめる為の一呼吸。
「君が、いつか知る、その全てを」

駒は揃った。
今はなきスルーグの祭壇の前で。