07「これは、自分で決めたことだから」


エルゼリオとオリヴィアの二人に再会した翌日。
コートニーは帽子をとったままロビィで朝食を食べていた。
「おはよう、リュミナス」
「あ、ああ。お早う」
少し驚きつつも正面の椅子に座る。
ほぼ同時に焼きたてのパンと目玉焼きとコーヒーがテーブルに置かれる。
「……何、見てるの。人のこと」
「いやなんか帽子のないコニーって新鮮だなあと思って。ああもちろん、可愛いってことだけど」
軽く微笑みながら心の底から思うことを口にした。
した、瞬間。
「あ、耳」
「ううううううるさい、うるさい! いちいち言わなくてもいいじゃないっ!」
それまでなかった犬の耳が、少女の顔が赤くなるとほぼ同時にぴょこと飛び出す。
「ついでに尻尾も出てるわよ、お嬢さん」
「…ヴィア、そういうの、追い討ちって言うんだよ」
いつの間にかコートニーの背後に現れたオリヴィアとエルゼリオ。
なるほどリュミナスの位置からは見えないが小さな尻尾も生えている。もちろん、犬の。
「からかっちゃかわいそうだよ。それに元はといえば君が……」
「わーかってるわよ悪いとは思ってるわよだから昨日寝ないでこの子にかけた術の解き方だけでもと思って持ってる文献全部読み返しててだからほらもう見てよ目の下に隈が出来ちゃったんじゃない寝不足よ!」
「……全っ然反省してる話し方じゃないよな」
男2人に責められているオリヴィアが少しかわいそうになっていつの間にか耳と尻尾が引っ込んだコートニーが援護に出る。
「あ、でも、でも本当に、本当よ。オリヴィア、ずっと寝てないで、ずうっといろんな難しそうな本とか見てたもの。すごおく一生懸命なのはわかるから、だから、あんまり、オリヴィアを、いじめないで、あげて、…ほしいの……」
コートニーの言葉に一瞬ぽかんと黙った3人だったけれど、誰からともなく笑いが漏れた。
「やだもうこの子可愛いいぃい。私貰ってもいいかしら!」
「こら。離せ。ていうか貰うとかって何。…コートニー、ヴィアなんてかばったっていいことないから。むしろつけあがって手に負えなくなるだけだからね」
「え、う、え、ううう…?」
オリヴィアとリュミナスの反応に戸惑うコートニー。そんな様子を見て笑うエルゼリオが一言、付け加える。
「僕らは知ってるんだよ、コートニー。どれ程ヴィアが責任感が強くて、君をそんな身体にしてしまったことを何よりも後悔している事。ただね、素直じゃないからこんな態度なの」
「……エル、『素直じゃない』のは自分もだってわかってるか?」
「もちろん」
疎外感。
少し、コートニーは感じる。
互いを理解しあう3人の中、たった1人の自分。
コートニーが沈んだ顔をしているのに気がついたのは正面のリュミナス。
「ところでヴィア。それだけして、結局方法は見つかったのか?」
話題転換。
そして、これが本題。
「ううん、だめ。術を解く、という方向からじゃ望めそうにないわ。そういった記述は全く欠片もなかったから。だから今度は【二乗掛け】が出来ないか調べるつもり」
「もう一度かけるの?」
「流石に無理だろう。変質系魔術の【二乗掛け】はリスクが大きい。そもそも対象が生物の場合の【二乗掛け】実験の成功率は極めて低いのを知らない君じゃないだろうに」
「でもそれ以外に……」
今再び、今度は違う意味で疎外感を感じていたコートニーだったけれど、次のリュミナスの言葉に目を見開いた。
「精霊王に会うんだ」
精霊王。神と人種との間に存在するもの。魂により近き者。力の源であり、象徴。それが精霊。その精霊たちを統べる精霊王は精霊神とも呼ばれ、神の席の1つに名を連ねるといわれている。
「精霊王だなんて何を馬鹿なことを言っているの」
「王は無理でも名のある上位精霊は呼べると思うんだ。ヴィアの力と知識があれば。幸い【精霊召喚】は解読済みだし成功例もある」
「成功例って言ってもほんの弱い下級の精霊ばかりじゃない、それを…」
「俺とエルが一晩考えた結論だよ、ヴィア。上位精霊レベルなら魔術への介入も可能だとされる説もあるしね」
「でも誰もそんなこと証明していないのよ」
「だから俺たちが証明してやればいい」
「……失敗したら? 私たちだけならともかく、今はコートニーが……」
「俺が守る」
真っ直ぐに言い切ったリュミナスの表情も視線も真剣で、オリヴィアは思わず目を逸らし、コートニーへと視線を移す。
「…今の話、わかったかしら」
コートニーもまた、真っ直ぐな視線でオリヴィアを見つめ返す。
秋の森や大地を思わせる純粋なブラウンの瞳で。
「全部は分からなかったし、魔術のことは何も知らない。けど、つまり、強い精霊に、何とかしてくださいってお願いするのよね」
「……成功するかも分からない、失敗したらどうなるかも分からない。それでも、他にすぐ行動に移せる方法はない」
対するオリヴィアのブルーの瞳は、今はとても複雑な揺れ動き方をしていた。浅瀬の波のような。迷い。
それは言外に「どうするか」と問うているかのようだと、コートニーは思った。
決定権は、コートニーの手にあるのだとも。
「アタシは、それでいいと思う」
「コートニー……」
「失敗して、それで死んでしまっても悔いはないわ。何にしたってこの姿のままでいるよりもずっといい」
「そんなことにはさせないよ。俺が守るんだから」
くしゃり、とリュミナスの大きな手がコートニーの金の髪を撫でる。
髪の隙間から、再び、耳。
「……本当に、いいの……?」
オリヴィアの再度の確認に、コートニーはやはり真っ直ぐ見つめ返し、きっぱりと言った。
「これは、自分で決めたことだから」
少しだけ悲しそうな笑顔になって、オリヴィアはすっくと立ち上がった。
そして振り返り、エルゼリオを見る。
「エル、また、……お願いをしても、…いいかしら」
「もちろん。言われなくてもやるつもりだったよ。この結論を出した時から」
笑って、オリヴィアの額にキスを。
オリヴィアの目からは、瞬間、涙。

こうして、今なお語り継がれる、あらゆる意味でもっとも有名な召喚の儀式が行われることになった。