05「無意味で無価値でくだらない」


ある日。いつものように乗合馬車がオロゾ山の麓、ダグダ村に着いた。
利用客の半数は大きな荷物を屋根の上や後ろの荷台から下ろし、中の荷物に破損や不足がないかを確認し始める。
残りの半数は多少多いながらに身軽な荷物を肩に担ぎ迷うことなく歩きなれたのだろう道をまっすぐ進んでいく。
前者は商人、後者はダグダに家のあるもの。
そしてそのどちらにも属さない人間種が今2人。
「へぇええココが、ダグダ村、なのね」
1人は少女。物珍しげに辺りを見る目が止まらない。
その後ろから少女を追い越して前を歩きまっすぐに宿への道を行くのが青年。
「そう、で、宿はこっち。その辺の商人さんの邪魔になんないように早くおいで。油断してると一緒に売られるよ」
「うあああそれは! こまる!」
ちょっとした冗談なんだけどなと笑うリュミナスに飛びつくコートニー。
旅なれた前者と住んでいた森以外を知らない後者では、力関係は歴然。
馬車に揺られた3日間で後者のコートニーは身に沁みてその力の差を学んだのだから青年の言葉は素直に聞くようになっていた。
「とりあえず今日は宿で休んで、馬車に揺られた身体の疲れをとろう。エリン神殿に登るのは明日。それでいい?」
「えーアタシあんまし疲れてないよ?」
「案外疲れてるものなの。ベッドに飛び込んでみな? 3秒で眠っちゃうよ」
「そんなもの?」
「そんなもの」
ふーん、ととりあえず納得しながらコートニーはリュミナスのマントを掴んだまま進む。
(なんかリュミナスってば頼りになりそうにない外見してるくせに頼りになるなぁ)
基準が自分では誰でも頼りがいがあると思われるのではないかとそこまでは頭が回らないまま、コートニーはリュミナスの背中を見つめる。
身長が違うから足の長さも違う、足の長さが違うから歩幅だって違うはずなのに、同じリズムで歩いていても2人の間に距離が出来ないことにコートニーは気付かない。
気付かないそのまま、2人は小さな宿についた。
「こんにちは、シーモさん。またお邪魔しますよー」
「ああら、リュミナス。久しぶりだねえ。また来たのかい?」
リュミナスが慣れたように声をかけながら扉を開けると、入ってすぐのカウンターにいた中年の女主人が笑って出迎えた。
「……お知り合い?」
「ああ何度かね、ダグダに立ち寄った時はここに泊まらせてもらってるんだ」
リュミナスのダグダ周辺での拠点になっているらしいこの小さな宿はそれにしてはひどく可愛らしい外装と内装をしていた。
あちこちに花が飾られ、少しでもスペースがあると小さなベンチ。壁に飾られた絵はどれも小さいが美しい風景を描いたものばかり。
ロビィか食堂か、間に扉のない隣の空間にはこの可愛らしい内装によく似合う、小柄なラグ族の夫婦と思わしきカップルがお茶を飲んでいた。
「なんだって…っ!」
そこまで宿の中を観察していたコートニーは、リュミナスの大声で視線をまっすぐに戻す。
「……リュミナス?」
どうしたの、と声をかける暇は無かった。
マントを翻して部屋を横切り、ずんずんと奥に走るように進んでいく。
「ちょ、ちょっと! リュミナス!?」
追いかけても追いつけない。
小さな宿は障害物が多くて上手く走れない。
(は、速いよリュミナス……)
5つ目の部屋を出たところでベンチに躓きそうになり、一瞬下を向く。
その間に
(……リュミナス……)
赤く目立つはずのマントすら、視界から見えなくなった。
呆然と立ち尽くしていると、辺りの静けさがじわじわと纏わり憑いてくる。
どれほどそのまま1人でいたか。
「…………戻ろう」
きっと後で入り口に戻ってくる。他に出入り口がない限りそこで待っていればいつかは再び会える。
そう思って、コートニーは顔を上げた。後ろを振り向こうとした。
その時、微かな、小さな声をコートニーの耳が捉えた。
「この声……」
(リュミナスだ)
間違いない、そう思って声した方へ一歩踏み出す。
(……彼の、ニオイだ)
どうして今まで気付かなかったんだろう。自分を叱咤しながら一歩ずつ確実に歩を進める。
2つほど角を曲がった頃。(外から見たよりずっと広いなあ…)ようやくそう思い至った頃。
これまたようやく、見慣れた赤色が目に飛び込んできた。
「あ……」
声を、かけようとした。けれど。
「どうして俺の元に来なかった。俺を呼べと言ったのに」
あんなに声を荒げ、厳しい表情をしたリュミナスを、コートニーは知らない。
(……誰が、いるんだろう)
彼が前に立っている扉の向こうに。
「俺はお前が古代魔術の復元を目指しているのを知っていたし、それは間違いじゃない。悪いことでもない。だけど」
そこで、声が一拍止まる。
コートニーは耳を塞ぎたかった。けれど出来なかった。
リュミナスの纏うオーラがひんやりとコートニーまで縛り付けてしまっていたようだった。
「だけどね、ヴィア。お前のしようとしていたことは、無意味で無価値でくだらない、どうしようもない妄想の産物だったんだよ…!」

物語の歩みは、少しずつ。ほんの少しずつ、進んでいく。