04「その痛みだけが真実だよ」


「嘘だわ、嘘よ。間違っていなかったはずなのに…!」
「うん、術式は間違ってないと思うよ。凄いよ、ヴィア。君にしか見つけられなかっただろうねこの公式は」
世界の最果て、天に近い場所といわれる内の1つ、エリン神殿のそのただ中で。
2人の人物が対峙していた。
1人は女。赤い髪がゆるく広がり、腹を押さえて座り込んでいる。
1人は男。周りを何重にも魔方陣に囲まれた中立ち尽くすその灰の右目から涙を流して。
「だけど、間違えたんだよ、ヴィア。僕じゃ駄目だったんだ。悲しいけれど、それが真実だよ」
「そんなことない! エルが駄目だというならこの術は誰にも……!」
「………そう、誰にも発動させることは出来ないんだ、ヴィア。だから封じられた」
「…そん、な…だって……」
「君にも反動がきただろう、ヴィア。感じるだろう、痛みを。その痛みだけが真実だよ」
「嘘よ、嘘よ……だって、だって……っ!」
「諦めよう、ヴィア。そして新しく見つけるんだ。僕も手伝うから。だから、帰ろう」
2人の周りには幾頭もの魔獣が血を流し肉を引きちぎられ骨すら割られ、散乱していた。

「じゃあ2人はエリン神殿を目指していたんだね」
「うん、そう」
「それで君はその2人を追いかけて森を出た、と」
「そう。今までに例がなかったんだけどね、どうしたらいいか分からなかったから長老とか族長とかその辺の老人会とあと老樹達で相談して、まあつまり追い出されたようなもんなんだけどね。こんな体質でお仕事なんかまともに出来ないから」
「……その、『こんな体質』って言うけど、具体的にどんな術かけられたのさ」
「えー、と、…言わないと、駄目?」
「そりゃ言ってくれれば嬉しいけど」
「…………あ、ねえほら街が見えるよー」
「……白々しい……」
コーンラッドから出発した翌日。リュミナスとコートニーは2人並んでディードリッドという名の小さな村にたどり着いた。
ディードリッドからエリン神殿のあるオロゾ山近くまで運行される乗合馬車を目的にやってきたのだ。
「それにしても森を出たあと方向が分からなくて逆方向にまっすぐ進んだとはね…」
「だ、だからそれは、森の外が初めてで……!」
かぁ、と顔を赤くして帽子の耳垂れをぎゅ、と押さえるその仕草はリュミナスにとって少し新鮮な、「女の子」の反応だった。
(ヴィアってばこんなかわいい反応なかったもんなあ)
くく、と笑うリュミナスにますます顔をしかめ赤くして、コートニーは自分よりずっと高い位置にある男の顔を睨みつける。
リュミナスはおっと、とおどけたように肩をすくめ、「ごめんごめん」とコートニーの頭に手をやる。
撫でようとした、ただそれだけ。
それだけの行為に、コートニーはびく、と身を縮み込ませて一歩、離れた。
(おや…?)
「あ、え、えと、ごめんなさい頭、駄目でっていうか、ちょっとええと、都合が悪くて」
「……都合が悪いって」
「あ、ね、ほら、馬車ってアタシ初めてで、どうすればいいのかな、どこ行けばいいのかなっ」
帽子を押さえたまま、コートニーは走り出す。
リュミナスは腑に落ちない、といった顔をしたままコートニーを追う。
「そのパン屋を右だよ、コニー。曲がってまっすぐ行けば大きな馬車があるはずだよ」
コニー、と呼んだ瞬間にまた少し、帽子を押さえるコートニーの手に力が入ったように見えた。
(……あれが、『体質』?)
ヴィアってば本当に何したんだろうと呟きながら、相変わらず逆方向に進もうとするコートニーを急ぎ追いかけてなんとか馬車に乗ることは、できた。

エリン神殿までは乗合馬車で3日。この間の2人のやり取りはあまり多くは語られない。
なぜならひどく、退屈なお話になるから。