03「僕は最初から何も持っていない」


「ねぇ、ヴィア。あんなことをしてどうしようというの?」
「…………」
「ヴィア、聞いて。答えて」
「…………もしも」
「…うん」
「もしも、リュミが私たちを追ってくることが、もし万が一にもあるならば、目印を残しておかないとと、思ったのよ」
「……ねぇ、ヴィア。どうして僕なの?」
「……」
「どうして、リュミじゃなくて、僕なの?」
「……貴方の持っているモノが、必要なの」
「おかしいよ、ヴィア。それは。僕は君のためになるものなんか何一つ持っちゃいないよ」
「貴方は気付いていないだけよ」
「ううん、僕は最初から何も持っていない。それは君が勝手に見た幻想だよ」
それきり、会話が止まる。
星の森から2つ山と1つ川を越えた【ジョーリィの丘】と呼ばれる小さな丘の上の、やりとり。

星の森とロロット・リィゼのほぼ中間地点、それがコーンラッド。
特に何に秀でているというわけでもなく宿場市として人々は生計を立てている、そんなありふれた街。
ただここから星の森に向かう道は街を出てすぐに舗装されているそれではなくなる、いわば人工物の途切れる場所では、ある。
そのコーンラッドで今軽い騒動が起こった。
「何するんだこんな往来しかも白昼堂々追い剥ぎなんて何考えてるんだ!」
「違うわ追い剥ぎじゃないわせめてナンパって言ってよおにーさん」
1人は長身の青年。朝焼けの空と春の草原が混ざったような髪色が赤いマントに映える。
もう一方はその青年に突然飛び掛ったと見られる少女。特徴らしい特徴もないが褪せた赤いフードがやけに目に飛び込んでくる。
「……こんな積極的なナンパは生まれてこの方始めて遭ったよ」
「あらあだっておにーさんかっこいいんだもんやっぱり外の世界っていいわぁ」
青年は呆れたように、離れようとしない少女のニコニコとした笑顔を見る。
(まだどれ程も手がかりを見つけないうちに厄介な目に遭うなんてなぁ……)
溜息が出そうになるのを押さえて「あのね……」と替わりに声をかけようとした瞬間
「それにね、おにーさん魔術師っぽいから、ええとね人を、探してて。もしかしたら知らないかなあって。思って」
少女の言葉。
(ああ似たようなものか……)
自分も人を探しているんだよとよっぽどいってやろうと思った。けれど目の前の少女がその人物を知っているわけはないと分かっているからそうは答えなかったけれど。
けれど次に少女の口から出た名前に、青年はひどく驚くことになる。
「オリヴィアっていうの。オリヴィア・ライオット。魔術師みたいなんだけど、知らない?」
その名前と同時に彼女を取り巻く術の残り香が青年に纏わり憑く。
「ヴィア……?」
(この子に何をしたんだ……エルも、一緒か…?)
突然眉を顰めて黙り込んだ青年を、少女は不思議そうな顔で覗き込む。
「どしたの? やっぱ知らなかった? ていうか具合悪い? お腹とか頭痛いくらいの薬は持ってるよ?」
「ああいや、大丈夫。……君は、どうしてその…オリヴィアを探して…?」
「あ、うんええとね、覚えておいてって。アタシに術をかけるときに言ったの。この名前を覚えておいてって。きっとそれって追いかけてもいいってことだと思ったから探してるの。探して、そいで、解いてもらうの。術を」
「…………じゃあ、どうして俺が魔術師だって?」
「ううんとね、なんか。なんとなく。オリヴィアとか、ええと、エルって人とかみたいにジャラジャラ装飾はないけど、なんとなく。ニオイ?」
(やっぱりエルを……)
再び黙り込んだ青年を心配そうに覗きこみ、「ああもう!」と青年の手を引いてずんずんと歩き出す少女。
「え、ちょ…!?」
「だって、おにーさん気分悪そうなんだもの。そんな人をこんなとこで放っとくなんて出来ないわ。何もしないからアタシの泊まってる宿に来て休んでったらいいと思うの。それともおにーさんの宿のが近ければそっちに連れてくわ」
有無を言わさぬ力。一見したところ目の前の少女に潜む強さではない。
(か、怪力ぃ……)
少したじろぎながらも言われるまま引っ張られるまま。
「ああそうだ、ねえおにーさん名前なんていうの? アタシはね、コートニー。コートニー・サンシャインズ。星の森に住んでてね、だからあんまりこういう道って得意じゃなくって、本当はさっきもね、ちょっと派手に転んだ拍子にぶつかっちゃったの。本当よ」
「転んだ拍子って言う割には随分器用に俺に飛び込んできたねぇ」
「本当だってば、嘘じゃないわ! そこで助けてくれるような素敵な王子様に会えたらいいなって思ってるからきっと着地地点がどうしても男の人になっちゃうのよ」
それもどうだろうと思いながらけれど少女、コートニーの明るい声と話し方に救われる。
(まるで昔のヴィアみたいだ)
少し、頬が緩む。
「俺はね、リュミナス。リュミナス・ユノ。知ってるよ、オリヴィア・ライオットのこと。そしてエルゼリオのことも」
コートニーが振り返る。
リュミナスは微笑んだまま、続けた。
「2人は俺の、幼馴染だよ」

2つの運命が始めて触れた瞬間と始まりは、小さな小さな宿場市でのことだった。