誘い文句・冬

冬のスキー場ではゲレンデマジックなんてものがかかっていて、いつもより人を魅力的に見せる、なんて話もあるが、そんなことは関係なく冬の岩瀬は年を重ねる毎に綺麗になっていると神通は思う。
「今年もライトアップには気合が入ってるんです!」
ホワイトモカの入ったクリスマス柄のタンブラーを両手で弄びながら嬉しそうにそう報告してくる岩瀬に対し、神通は気持ちと裏腹に「ほけ」とつれない返事を返す。
「岩瀬んとこは毎年毎シーズン頑張っとんもんねー。今年も花火やんがけ?」
一方で松川はといえば(神通が思うにどう考えたってお邪魔虫なのにさも当たり前のように二人の間に座って)そんな風に何も考えてないような当り障りのない言葉を返す。
「はい、頑張ってるのはわたしじゃなくって、企画してくださるみなさんなんですけど、でもおかげで毎日楽しくて!」
それで、と続けて。
「あの、よかったら、一緒に見に行きませんか」
冬の花火も素敵ですし、と去年もその前にも聞いたような誘い文句。花火なんて見慣れているだろうにと喉元まで出かかったが、さりとて是非と即答するのも格好がつかない(と神通は思う)。
それなのにもったいぶってマグを口元へ運ぶ間にやはり空気を読まない松川が「いーよ」なんて答えるものだからすべてが台無しだ。
「どうせなら庄川達も呼ばんけ? 小矢部も久しぶりに岩瀬に会いたがっとったし」
「小矢部姐さん、呼んで、来てもらえますかね……?」
「なん小矢部のこっちゃ、むしろ呼んでくれんがの方が後でごちゃごちゃ言われるわ」
けらりと笑い、皿の上に残ったキッシュを一口で食べる。
「おい松川……」
低い声と共に、松川の頭のてっぺんに指先ひとつ分の圧力がかかる。
「なんけ神通」
「なんでお前が答えとる上に、庄川やら小矢部やら、数まで増やしとんがけ」
普段から不機嫌だが増して明らかな不機嫌さを隠しもせずに神通に睨みつけられるが、そこは元々の兄貴分である松川だ。にやりと、そして鼻で笑って返す。
「神通が早よ返事せんからやわ。岩瀬と二人っきりでデートしたかったら、わけわからん格好付けるがやめて、素直になればいいがに」
ほんの少しの優しさは、その言葉を岩瀬に聞こえないように伝えたことだろうか。知らぬは本人ばかりなり、早くお互い相手の気持ちを認めて通じあえばよいのにと胸の中で呟きながら、松川は木製のマドラーをコーヒーから引き抜いた。