01「忘れないで・・・・その名前を」


深い深い森。
星の森と呼ばれる世界の中央に踏み入る人影がその時2つ。
《客か…?》
人の気配に気付くのは森。木々が囁き合い、見知らぬ来訪者を住人に伝える。
森に唯一住む人間種はサンシャインズの一族。
彼らは世界の中央に存在するこの森で、【星の心(しん)】を護っていると言われているが、本人たちにその意識はない。それどころか護るべき【星の心】と呼ばれるそのものの存在すら知るものは殆どいない。
そんな御伽話のような伝説に語られる一族。
それでも彼らが森の加護を受け、木々の助けを受けられる数少ない人間種であることは確かで、そんな彼らの力を様々に借りたいと願う人間は少なくない。
旅をしていれば森に迷うし荒れた地で植物を誕生させるのは簡単なことではない。自然の恩恵を身に沁みて感じた時、人々はサンシャインズの一族の元へ助力を求めに来るのだ。
「ねえラウル、今回は誰が選ばれると思う?」
「そうだなあやっぱりアディの兄貴じゃあねえかなあ。こないだセスレスから帰ってきたばっかりだけどさ、一番強ぇし森の加護もかなり強えんだもん」
「馬鹿言ってんじゃねえよ。パーシーだってイイ線いってるって。アディだって持ち上げられなかった【長老堰(ちょうろうせき)】だって持ち上げられんのはパースだけなんだからな」
「うわあ出たよパーシーの腰巾着。長老の曾々孫だかなんだかしらねえけど腕っ節だけが強さじゃないんだぞ」
わいわいがやがやと木の上で騒ぎが起きる。
皆15,6の若者ばかり。男ばかりのその中に1人、この騒動の発端となった一言を発した少女がいた。
(…アタシだって、そろそろ森の外に出たっていい頃なんだわ)
そうっと騒ぎの中心から外れ、木々の囁く声を頼りに来訪者の元へ。
本来それは許されざること。
長老の許可なく外の人間に会うのは危険だと教えられてそれでも1人で向かうのは
(外の世界が、見たい)
ただその気持ち故に。

そして彼女はそれが間違いだと気付く。
長老の言葉は絶対なのだと。
歳を重ねた経験は無駄なものでは決してないのだと。
(ああ、どうしよう)
彼女の対峙している相手は2人。
森の導くままに外の世界からの客の元へたどり着いたはよかったが、明らかによくない相手だった。
「エルに傷でもつけてみなさい。同じところを傷付けて、それを致命傷にしてあげるわよ」
よくない相手はだけど1人。
炎よりも淡く、夕日に近い赤毛の女。武器らしい武器は持っていないけれど明らかに魔術師と分かる装飾品の多さ。
少女は知っていた。魔術師を敵に回すことほど恐ろしいことはないと。外の世界を見たことのある大人達の誰もが口を揃えて言っていた事だから。
「で、でも……」
「何」
「ちょ、ちょっと、その、そっちの人に、ぶつかりそうになっただけ、じゃ……」
「それが元で怪我をしたらどうしてくれるかっていう話よ。エルはね、エリン神殿に連れてくのに絶対必要なの。大事なの。傷なんかついたらオオゴトなの」
少女はちらとエルと呼ばれる青年を見やる。
目の前でいきり立つ女とは対照的に静かに、けれど何を見るでもなく何をするでもなくぼうっと立ったまま。それでもその美しさは一見しただけで見て取れる。
漆黒の髪と、左右で違う金と灰の瞳。
(まるで御伽話に出てくる精霊女王だわ)
少女が場違いにもそう思っていると、不意に周りの木々が一歩下がる気配。
はっと真正面の女を見ると、彼女は右手を少女に向け、何やら指で宙をなぞっている。
唇が微かに動き、魔術の心得のない少女にも女が何をせんとしているかが理解できた。
(うそ……!)
一瞬、指が止まり、唇が止まり。
女の口から、声が漏れた。
「オリヴィア・ライオット」
先ほどまでとは違う、静かで落ち着いた声。
「忘れないで……その名前を」
(……え?)
理解するのに、ちょうど一秒。
その一秒の間に、少女は光に包まれていた。

伝説にはなりえないが、御伽話として後々に語られるお話の、決して語られないオープニングが、ここに。