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富岩と岩瀬・4

 結論からいえば富岩運河は埋め立てられることはなくなった。1984年、再びの都市計画で運搬の為の運河ではなく、市民の憩いの場として、街中の自然として残されることになったのだ。
「公園になるそうなんです。芝生や遊歩道で整備されて……沢山の人が私の傍で緩やかな時間を過ごしてくれるようになるのでしょうか」
期待と希望と不安とを全部抱えながら、富岩はそんなことをぽつり呟いた。それに対し神通は「なっちゃ」と一言だけ。今日ここに松川はいないからそれ以上のフォローはない。
 ふたりだけ。富岩は富山大橋から見る雄大な神通川を見つめる。こんなに大きく力強い川である神通、その隣に流れ続けるだけの価値も可能性も自分にはあるのだろうか。そんな富岩の思考を読んだかのように、神通はもう一度「なれっちゃよ」と言葉を重ねた。
「そんなに不安そうにしとられんなま。なん心配なんていらんちゃ。皆きっと、富岩がまた自分らのそばにおっこと信じて……楽しみにしとるわいね」
 皆。その中に神通は入っているのか。そんなことを思わず尋ねそうになって岩瀬は自分の唇を抑える。一体自分はいつからこんなに人間のようになってしまったのだろう。いつから神通や松川のように人と遜色ない思考を持つようになっていたのだろう。松川がいれば笑って答えたかもしれない。「さ、人と関わり続けりゃそうなるちゃよ。そんだけ自然にも近なったっちゅこっちゃいね」
 作られた自然は自然たりえるのだろうか。富岩にはわからない。けれどその問いに否定も肯定も、きっと誰もしない。
「なるように、なっちゃね」
 神通の言う通りなのだ。きっと。
「……工事が始まれば、私はしばらく身動きがとれません。運河としては流れ続けるでしょうが、おそらく性質が変わるので……眠って、起きた時には……」
 もうひとつの心配事。
「それはもう、私ではないのかも、しれません」
 作られ、在り続ける目的ががらりと変わるのだ。コンピュータであればプログラムを書き換えられるようなもの。今まで人を運んでいた機関車が、貨物列車が、動かなくなったからと公園の遊具や物置用のコンテナとなるようなもの。果たして生まれ変わった富岩は富岩なのか。富岩のままでいられるのか。
「あー、もうっ」
 不機嫌そうな神通の声にびくりと意識を戻す。
「今のままやろが別人に変わっとろうがなんやろが富岩は富岩やろがいね。ごちゃごちゃうじうじしとんなま、いじくらし! 富岩が富岩でなあなっても俺は富岩のこちゃずっと覚えとっし富岩じゃない富岩のことも仲間や思うに決まっとろうがいね」
 考えるまでもないとでもいうような神通に、富岩はほっとして、それから少しだけ、寂しくなった。
「ではまた……新しくなった富岩をよろしくお願いいたしますね」
「これでなん変わらんと戻ってきたら笑ってやっちゃ」
 ふん、と鼻で笑う。

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