1928年、富山市は富山駅北から東岩瀬港を繋ぐ運河の建造を含む都市計画を固めた。
「ほーん、んでその土やらなんやらでようやっとぼくの残骸を綺麗にしてくれんがけ」
「おいね、そゆこっちゃ」
ふうん、と気のない返事をする長身の青年を間に、少年と壮年の男は不格好な握り飯を同時に食む。
「こええやっほほもぐおふっ……ふむ……」
「全部食べてから言われま」
青年から水筒を受け取り、少年は口の中の米と昆布をお茶と一緒に飲み下す。
「はー、……これでやっとこぼくも、……神通も、落ち着けるんやねえ」
これでようやくかと呟いたその声は、どこか諦めたような悲しみを含んでいて。
「だらな事考えとんなま。ちゃんとお前は、……ちゃんと松川ちゅ立派な名前持っとんねやから、大丈夫やちゃ」
静かな強い声で青年は少年――松川と自分に言い聞かせるように呟く。それを横目で見ていた壮年の男は何も言わず、ついと青い空を見上げた。富山にしては、ちょっと晴れすぎとんがじゃなかろうか。そう思うほどに透き通った青空だった。
◆◆◆
彼女はそれから7年後、突然彼らの前に現れた。
「初めまして。一応私もこの土地の川、という分類になりますので諸先輩方にご挨拶に参りました。富岩運河と名付けられました。どうぞご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
いやに丁寧に頭を下げたその少女は、見かけだけなら松川と同じくらいの歳格好。だが外見に似合わず落ち着きすぎていて松川と神通は戸惑いながら顔を見合わせた。
「なるほど作られとっとちゃこんながか」
「……おぅ」
人の手によって造られた川――運河。人間に例えるならばロボットだろうか。人の手が入った分不自然に整った顔身体つき。悪いことではない。神通はフランケンシュタインの物語を思い出し、醜い方にならなくて良かったのではとなぜか安堵した。
(女性体をとるのであれば醜いより美しい方がよいだろう)
ただそれだけのことだ。美しい、というより愛らしく、それが逆に不安を掻き立てる。運河というものはそもそもが工業資材の運搬に利用される。この幼く愛らしい姿の少女が。
このところ富山だけでなく日本、果ては世界中の雰囲気がよくない。経済がどうとか難しいことは河川である自分たちにはとんとわからないが、ようやく持ち直したのではというところにいるのだ。特に工業など、先だっての世界大戦からこちら需要は伸びるばかりで酷使されるのは目に見えている。
「……あんたはそれでいいがけ」
低い声で尋ねると、少女は不思議そうな顔で首を傾げた。
「崖、ですか?」
ああ、と松川が笑う。
「なぁん、さ、『それでいいのか』って聞いとんがやちゃ……あー、聞いてる、のさ。……あー、まっさか山の手言葉使われんがけこのお嬢さんは」
ちょっと面倒やなあと言いながら不自然な言葉遣いで
「わからない言葉はちゃんと言い直っさ、から、気にせんと言わ……い、お、っしゃってくださいね」
なんてたどたどしく言うものだから、それまで難しい顔をしていた神通がぷ、と吹き出す。
「なんね松川。似合うとらんぜ」
「うっせ」
けれど目の前の少女はぴくりとも笑わず、表情も変えず。
「良いも悪いも、私はそのように作られました。その為に作られました。与えられた使命を全うせずなんといたしましょうか」
それだけ言うと、また丁寧に頭を下げてから、さっとスカートの裾をひるがえして帰って行ってしまった。
「はー、ぼくらのかすがいたる妹は、これまた気ぃの難しそうな子やねえ」
「……はがやっし」
それぞれにそれぞれの印象と感想を抱えて、初めての接触はほんの数分で終わってしまった。