ラブレター




「あ、水戸部見っけた」

 移動教室から戻ってきたところで正面から待ち伏せていたように声をかけられた。

「よお、天海

 隣の小金井が水戸部の代わりと言わんばかりに返事をする。

「今日も頼まれちゃった。はい」

 天海の手には数通の可愛らしい封筒。もちろん中に手紙が入っているのだろう、切手は貼られておらず、代わりに天海のポケットには彼女の大好きなチョコレートクッキーが郵送代としてねじ込まれたに違いない。

「伊月くんに三通と、あ、木吉くんにもひとつあるわ。あとほらまた」

 天海が見せびらかすように一通取り出した薄い黄緑の封筒には、四つ葉のクローバーがいくつも描かれている。

「水戸部にも」

 何が面白いのかニヤリと笑って、天海は手紙をまとめて水戸部に押し付けると、「よろしくね!」と自分の教室に戻っていった。

「ちぇー、俺の分はないのかー」

 そう言いながら水戸部の手元に残されたラブレター達を引き取った小金井は、どうする? と友人の顔を見る。

(いらない)

 その声を聞いてか、それともいつもの事だからなのか。小金井は無言で手紙をくしゃりと丸めると、そのままゴミ箱に投げ入れた。

……………

 どうしてこんなことするの、と最初の頃に聞いたことがある。返ってきた言葉は実にあっけらかんとしたもので。

「せっかく書いた手紙は読んで欲しいものでしょう?」

 天海にしてみればそれだけのことなのだ。
 相手の迷惑や困惑やお互い良い風になるとは限らない一方的な感情の迷惑さなんてこれっぽっちも考えていない。中学校からの付き合いがある水戸部ですらも呆れ返った。
 バスケ部の仲間に申し訳なく押し付けられた手紙を渡していたのも始めの数回だけ。手紙をもらうだけでも気のない相手、見知らぬ相手からでは有り難みもあったものではない。皆そう感じているのがありありとわかる反応しかなかったから、すぐに手紙を握り潰すことにした。
 返事なんてなくても手紙はくる。如何に自己満足、自己愛の行為かそれだけでわかりそうなものなのだが、天海はなんの疑問も抱かず毎日手紙を届けに来る。
 一度だけ、天海はこういうラブレターを書いたりしないのか、と聞いてみた。

「あー、……うん。そうね、誰か好きな人が出来たらわたしも書くのかな」

 それはつまり、好きな人がいないということで。

「でも正直なところ、愛とか恋とかよくわかんないし、今のところ興味もないかな」

 なんてことを言うのだ。春の盛りの女子高生が。
 危なっかしいな、と水戸部は思った。そんなことを言ってしまう子ほど誰かへの好意を自覚したとき、一気に仄暗い感情の奥底へ滑り落ちてしまうのではないかと。

 まるで、自分のように。

……………

「みーとべっ!」

 今日もまた、届くことのない手紙を持ったポストマンがやってきた。

「今日もよろしくね」

 今日は二通。少ないな、なんて思ってからだいぶ毒されている気がして水戸部は自嘲気味に口許だけで笑う。
 ふともう一通、天海のもう一方の手に握られているのを見つける。

(それは?)

 水戸部の視線に気付いてか、「ああ」と天海は小さく、そして照れたような声を漏らす。

(その顔、は、何)

 水戸部でなければ気付かないのではないかというくらいにささやかに頬を赤らめ、天海は手にした封筒で口許を隠すように微笑んだ。

「わたしも、書いてみよっかなって」

 天海が、ラブレターを。
 そう理解した瞬間、水戸部はその鮮やかな水色の封筒を奪い取って放り投げた。とはいえ原型そのままの封筒は遠くへは飛ばず、天海の足下に滑り落ちてきた。
 少しの、沈黙。まるで二人のいるこの空間だけが時が止まったよう。周囲のざわめきが耳に戻る頃、天海は何も言わず踵を返して教室から出ていった。

「どしたの」

 空気を読まずにか、それとも察してか。小金井がやって来て床に落ちた、去り際の天海がくしゃりと踏み潰した手紙を拾うとそこに書かれた名前を見て、難しい顔をした。

(なに)

 小金井の名前でもあったのか、見たくもないのに差し出されたそこに、少し癖のある、けれど丁寧に書かれた文字があった。

【水戸部へ】

 どうして、というのが最初に浮かぶ。なぜ。そして確かに見慣れた天海の文字だと確信した後、冷たい指先でびり、と封筒の口を破り開ける。

―――いつもありがとう
―――話してると楽しいし、安心できるんだ
―――ようやく気付いたんだけど、いつからだったのかな
―――多分こういう気持ちなんだね
―――誰かを好きになることって

 回りくどくて何を伝えたいのか分かりにくい、けれど確かにこれはラブレターだし、宛名は水戸部になっているし最後の行に控えめに綴られた名前は天海のものだし。

(意味、わかんない)

 だって恋とか愛とかわからないって言ってたのに。今まで何通も別の女の子からの手紙を仲介していた癖に。今更。
 それでも他の誰かへの想いなら、手紙ごと全部潰してしまおうとほんの一瞬で考えて、だから、天海がどんな顔で去ったのかも水戸部は全く覚えていない。見ても、いなかった。

「行きなよ。今行かないとヤバイと思うよ?」

 そう、小金井に肩を叩かれてがたんと椅子が鳴るのも構わずに弾けるように席を立って教室を飛び出す。

天海

 心の中で呼んだ声が届いたのか、ちょうど隣の教室へ戻ろうとしていた天海の腕を取って廊下をずんずん進む。途中でチャイムが聞こえた気がするけれど構わずに。

「ちょっと、なに、やだ……授業始まる……」

 言いながらも抵抗らしい抵抗も見せず、屋上まで連れてこられた天海の瞳は少し赤く、潤んでいた。

「やだ……見た? ごめん、ほんとごめん」

 ごめん、と何度も呟くことで明らかに泣いていた顔を見たことではなく手紙を見たことを言われているのだと水戸部は気付く。しかしなぜ謝られているのかわからない。

「迷惑だったね、ごめん。今までもこんなの、迷惑だったの、気付かなくてごめん。わからなくてごめん」

 自分が想いを自覚し、伝えようとしたところでようやく気付いた。否、手紙を見せ、怖い顔で奪い捨てられるまでは自惚れていた。この気持ちはきっと喜んでもらえると。
 だけどそうではなかった。そうではないのだ。それをようやく、理解したのだ。

「ごめん、ほんとごめん、忘れて。見なかったことにしていいから」

 今までのことも全部謝るから。皆にも謝るから。
 そんな天海の懺悔はけれど受け入れられず。

(悪いと思うなら)

 まだ握ったままの天海の手首。その手に力を込めると天海の顔が歪んだ。その表情に水戸部の心臓の裏側が痛む。
 罪悪感でなく。高揚で。

(今すぐ俺のものになってよ)

 ぐいと乱暴に天海の腕を引いてそのままなんの優しさもなく抱き締める。
 そうして無理矢理天海の顔を上向かせて噛み付くようなキスを落とした。

 これからどうしてやろうかと、頭の隅でじっくりと考えながら。



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