朝教室に入ると、隣の席の天海がお決まりの挨拶のようにはい、と個包装されたお菓子をひとつ手のひらに乗せて分けてくれる。毎朝の、まるで習慣。
その日のお菓子は蜂蜜味ののど飴だった。
「風邪引いちゃいけないしね」
ありがとう、と返す前に天海は仲の良いクラスメイトが登校してきたのを見つけて名前を呼んで走っていってしまった。
「おはよ、水戸部。はい、これ」
おめでとう、と言葉を添えて小金井に渡された包みに今度こそありがとう、と伝えることができた。
「それは俺とツッチーからな。他の奴らもまた帰りに飯食いに行こうぜって」
それだけ言うと小金井は水戸部の手元を覗き込む。
「今日は飴?」
うん。と小さく頷いて天海にもらった飴をいとおしそうに握りしめる。
「他には?」
(えっ?)
「他にはなにももらわなかったの?」
小金井の問いの意味が一瞬理解できなかった水戸部だが、もう片方の手にある、今しがたもらったばかりのプレゼントに合点がいった。そして小さく首を降る。
(まさか。なにも。もらえるわけないよ)
自嘲気味に笑うと、飴をポケットに。プレゼントを鞄の中にしまい込む。毎朝のお菓子のおすそわけだけで十分に幸せなのだ。
だけどやっぱり、と天海を見る。全く期待していなかったというと嘘になる。
(あ)
目が、合った。
けれどすぐに目を逸らす。水戸部が、ではなく、天海が。
(……寂しいな)
そう胸がチクリと痛んだが、天海がおずおずともう一度こちらを向いたことで水戸部の気持ちは持ち直した。
嬉しくなって小さく微笑むと、安心したような微笑みが返ってきて胸の奥がぽっと暖かくなる。そうしてクラスメイトと二、三言葉を交わした天海が戻ってきて「なあに?」と笑いかけてきたことで水戸部の体温はぐっと高くなった。
「あ、飴? もいっこいる?」
袋からがさごそと飴を取り出す、その臥せた目元のまつげの長さにまたドキリとする。
「うーん、いいや。はい、大サービス! ちゃんと受け止めてね」
両手で受け止めなければならないほどの量を大雑把に振り撒くものだから水戸部は慌てて手を差し出す。
「ふふふ、みんなに分けたらいーよ」
そうして楽しそうにまた友人達のもとへ戻っていく。
「天海、可愛いし気配りもできるし、なぁんか見てて面白いよねえ」
背後から手が延びてきて水戸部の両手一杯の飴の山から一つ拾い上げられる。
「プレゼント、欲しかったら自分でねだってみるのもありじゃね?」
小金井に言われてまさか、と首を降る。
(さすがにそれは恥ずかしい)
「それっくらいの恥ならかけよ」
飴の袋を無造作に破り開け、琥珀色を口に含みながら言葉を繋げた。
「本当に欲しいものをねだるよりは恥ずかしくないんじゃない?」
本当に欲しいもの。
水戸部は手のひらの飴達をじっと見つめて、考える。
今日はそういう我儘を、望みを。言ってみてもいいのだろうか。冗談と誤魔化せないほどの想いを言えば、叶うのだろうか。
「ま、“今日”は言い訳、てことで。いつ言ったって大丈夫に決まってるのにな」
その言葉に背中を押され、飴が音をたてて散らばることも意に介さず、水戸部は真っ直ぐ、天海へ向かう。
*****
「どうしようやっぱり無理だよ渡せないよお」
「大丈夫だから、さらっと渡せば大丈夫だから!」
毎朝のことだが特に今日の天海の『勇気が足りない』泣き言はひどいな、と思う。毎朝毎日わざわざお菓子を口実に隣の席の男子生徒に話し掛けるというただそれだけのことなのに会話が続かないだのあんまり笑顔になれなかっただの大反省会が展開される。
ましてや、“今日”は。
「でもやっぱり気に入らないかもしれないし迷惑かもしれないしなにでしゃばってんだよとか思われないかな思われるよ絶対無理だよ帰りたいよお」
ひどい。
「大丈夫だって言ってるじゃない…ていうかさっき飴追加してあげるくらいならあのタイミングであげればよかったのに!」
親友の言葉にぶんぶんと首が外れそうなくらい横に降る。
「無理だよ目が! 合ったんだよ! 恥ずかしくて! 死ぬかと思ったよ! 袋ごと押し付けなかっただけ誉めてくれてもいいくらいだよ!!!」
重症だ、と思った瞬間。教室の後ろの方で固いものがばらばらばらっと落ちる音が響いた。何事かと彼女らが振り返る、直前。
「み、とべ……くん!?」
長い腕が延びてきて、天海の腕が掴まれた。
ばらばらばら、と。今度は天海の足下で激しい音が響き渡った。
その音に、ああやはり恋とは激しく落ちるものなのだな、と思ったのは。一体誰であったのか。