悔しい




「あ」
「……」
 体育館裏。走り込みの後少し休憩しに日陰を求めていたらそこでクラスメイトの水戸部に会った。
「……ぅス」
 自分でもなに言ってるかわかんない挨拶なんだかなんなんだかの声をかけると、水戸部は自分の座っていた場所を半人前程ずらして座り直した。……無言のまま軽く頭を下げられたんだけど、これって。
(隣に座れってか……?)
 どうしていいか少し考えて、空けられた半人前分離れて隣に座った。瞬間、通り抜ける風が気持ちよく汗を冷やしていく。
 隣に座るクラスメイトは本当に無口で、声も聞いたことがない。だから、当たり前だけどあたしが喋らなきゃ、ここは今とても静かな空間だ。遠いグラウンドからはサッカー部だろうか、ホイッスルの音と男子のでかい声がまるで音漏れしたイヤフォンから聞こえてくるように耳に届く。
 それより近く、背後の体育館からは水戸部の所属するバスケ部の練習する掛け声がダイレクトに響いている。
「練習、あんた参加しなくていいの?」
 尋ねると、曖昧な表情で小さく頷く。
「休憩?」
 今度ははっきり頷いて、手元のドリンクを煽るように飲む。見ればシャツも色が変わるほどに汗だくだった。
「あたしも」
 なんとなく気恥ずかしくなって、首にかけたタオルで汗を拭う振りで口元を隠す。……なんとなく。
 ふと背後を振り返ると、開け放たれた体育館の扉の向こう。真剣な表情で、でもとても楽しそうに練習している一人の男子が目に入った。バスケ部らしい長身と、そのおおらかでなんでも全部受け入れてくれるんじゃないかって雰囲気は到底同い年とは思えない。
「木吉、戻ってよかったね」
 無言だが、水戸部が頷くのを気配で感じる。あまり内情はしらないけど、去年の夏に木吉を欠いたバスケ部みんながしんどい思いをしたらしい、ことは、同じくクラスメイトでバスケ部の小金井がしょっちゅう溢していたからなんとなく知っていた。だからそれはすごくよかったんだろう。けど。
「バスケ部も、一年凄いの入ったんだね」
 今度は頷く気配はない。あたしの視線の先には見慣れない荒々しさを見にまとった長身の男子と、隣にはまるでスポーツをしていると思えない体つきの、男子、というより少年だ。でも彼らが入ったことで、バスケ部はまた強くなったとは小金井以下略。
 そして、木吉が戻ったことで。
「スタメン落ち?」
 今度はぴくり、とだけ反応。気配ではなく、直接見る。表情は俯いていてよくわからないけど、いつもの、それ以上に微妙な顔なんだろうな、と予想する。
 失敗したな、と少し思った。空気が重い。クールダウンもここまでやれば過剰だ。
 どうするかな、と言葉を探して、とりあえず、ひとつ息を吐いた。
「ごめん」
 水戸部が顔をあげてこっちを見る。……やっぱり、微妙な顔。
「あたしんとこも、なの。……今、ギリギリ」
 今度はあたしが下を向く番。
「なんか、あたしらの代だけだったらやっぱ、切磋琢磨も限界? なんだろうね。二年の下手なのより、一年の上手いのがいて当たり前なんだなって、……忘れてたんだろうな」
 誠凛は新設校だ。だから、あたし達が一番最初の誠凛生。先輩という壁であり目標がないことを、心の底ではラッキー、くらいに考えていた。けど。
「わかってるんだ。上手い方がレギュラー、スタメン。それでチームが勝てば嬉しい。いや実際嬉しいよ? でも、やっぱりさ」
 やっぱり。
「“あたしが”、勝ちたいよ……」
 ぎゅ、と手首を強く握り締める。思い出すのは夏の大会。終わってしまったそれは、まあそれなりの成績だったけれど、そんなことより何度かスタメンから外されて、代わりに一年生の名前が呼ばれたことへの悔しさが、じりじりと首筋に嫌な火傷を残していた。
 ふ、と空気が涼しくなった。風が通ったのかとも思ったけれどそういうわけでもなく、ふいに重さだけが霧散した。なんだろうと顔をあげると同時に、背中に軽い熱が叩かれた。
「……水戸部」
 隣を見ると、距離はそのまま、彼の手だけが伸ばされて、あたしの背中を軽く叩いていた。……微妙じゃない、笑顔で。
 その顔を見て、あ、違うな。と、思う。あたしのもやもやした悔しさと、水戸部の抱える悔しさは、少しだけ違うんだな、と理解した。でも、近い。だからあたしが吐き出した言葉が、多少なりとも彼の悔しさを軽くできたかな、とは、希望なんだけど。
「……っへ、」
 笑おうとして、変な声が出た。いや流石に、恥ずかしい。
「ありがと水戸部。あと、ごめん。あたし頑張るわ」
 だから、と立ち上がって。
「あんたも頑張ってよ。じゃあね」
 反応は見ずに、駆け去る。身体はすっかり冷えてしまって、また走り込まないと使い物にならなさそうだ。だけど喉の奥から心臓を締め付ける熱は、あたしをどこまでも走らせるみたいだった。
 背中に貼り付けられた、熱と一緒に。


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